石垣島ディープツァー(12) 歌碑めぐり⑨赤馬の碑 寺澤禎則

石垣市宮良、請福酒造のほぼ向かいに「赤馬の像」があります。

「赤馬節」は、「鷲ぬ鳥節」と並んでおめでたい時に演奏される、
これも八重山民謡を代表する名曲です。

私が初めて「赤馬節」を聴いたのは、
アルバム 通事安京/沖縄の民謡8~八重山古典民謡<1>
でした。
この1曲目に収録されている「赤馬節」は荘厳で、
前奏を聴いただけで引き込まれました。

「赤馬節」は宮良村の役人、大城師番が18世紀はじめに作詩作曲
したものだそうです。師番と赤馬をめぐる話は長くなるので、
ここでは碑文に書かれた話を紹介します。

赤馬の由来
文珪氏四世の大城師番(1671~1750)は仲筋村番所に在勤中、
名蔵湾で不思議な子馬に出会った
師番は子馬に愛情を注ぎ手塩にかけて育てたところ
群鶏の一鶴という言葉のように大きく気品にみちた名馬に成長した
赤毛の駿馬は赤馬の愛称で呼ばれ広く内外に知られるようになった
折りしも琉球王府は国王の乗馬を探し求めていて
早速馬見利役が遣わされ まさしく意に叶う馬として
献上させられることになった
師番は御料馬に出世した赤馬とともに自分も育ての親として
名誉この上もないことだと喜び 晴れの門出を祝って
村人たちと選別の宴を催した
席上愛馬へのはなむけとして歌ったのが次の句といわれている
 赤馬ぬ いらすざ 足四ちゃぬ どぅきにゃく
 生りる甲斐 赤馬 産でぃる甲斐 足四ちゃ
 沖縄主に 望まれ 主ぬ前に 見のうされ

この地は村人が赤馬を見送った所で馬見岩(ンマミイシ)の名が
残っている

この歌詞は、一般的に歌われる
 いらさにしゃー 今日ぬ日
 どぅきさにしゃ 黄金日
とは異なります。
実はこれは首里城に行った赤馬の、その後のできごとに関する唄なのです。
その話はまた改めて。

本部(水)・ソレイユカルチャーセンター三郷(月)講師
寺澤 禎則
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